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コミュニケーション能力とは① ~聞く能力~

コミュニケーション能力がまだ少し未熟で、本来の能力を出し切れておらず、勿体ない事例を見受けることがあると思います。助言をするためには、知識や経験をある程度体系化する必要があるため、その点をまとめてみます。

 

私自身も研究所での研究職から企業に入って1番悩んだのが、コミュニケーション能力でした。むしろそれ以前の状態で、何処が足りてないことにより、自分が苦しんでいるのかさえ分かっていない酷い状態でした。

企業に移ってからは、専門知識とコミュニケーション能力が特に必要な職種につきましたが、専門知識のみ強化していたころは、何か見えない限界を常に感じており、実際に社外顧客から「ただ事実のみ伝えてもらっても価値がない」と言われたこともありました。

専門知識とコミュニケーション能力は、どちらも欠かせないものです。専門知識にあたるものが職種によって違うかもしれませんが、高度に分業化が進んでいる昨今では多くの方が同じ状況ではないでしょうか。

専門知識が優れていて、コミュニケーション能力がないという状態は、飲食店で例えると、料理自体は美味しいけれど、テーブルに料理をじかに置くレストランのようなものです。よほどの変人でないとその料理を食べる気は起らないし、大抵の客は怒るのではないでしょうか。

同じ料理でも、料理に合ったお皿にきれいに盛り付けてあった方が断然おいしく感じるはずです。

 

では優れたコミュニケーション能力とはどのようなものを指すのでしょうか。

今回は、その中でも「聞く能力」について書いてみます。

 

上記の本に書いてあるように、

「話を聞く」という行為は簡単なように思えますが、多くの人が知るとおり、残念ながらきちんと聞ける人は少ないです。

話し手に「ああ、聞いてもらってるな」という感覚を持ってもらうように聞くことは、相当の訓練が必要です。また同時に、じつは「人格的な部分」も問われます。

この本の中ではテクニックではなく、話を聞く時の「姿勢」が重要であると述べています。私も経験上、その考えに全面的に賛成です。

聞く姿勢には下記の4つがあるようです。

 

 ①否定してやろう、と思って聞く

これは、人間として成熟していない、子供の態度です。

人の話を否定することで、自分が勝った気になることが目的となっています。

 

②解決してやろう、と聞く

これは①よりもマシですが、成熟した態度とはいえません。

人に教えてあげることで、自分が感謝される、あるいは自分の優越感を確認することが目的となっています。

 

③ただ聞くだけでいい、と思って聞く

これは大人の態度です。

この根底にあるのは「話し手へのやさしさ」です。「私は話してを癒すために、ここにいる。解決はこの人が自分の力でできるはずだ。そして、そうあるべきだ」と聞き手は考えています。

人は、自分の話が大好きで、逆に人の話には興味がありません。それを乗り越えた人だけが「聞くだけでいい」という人たち、大人です。

 

④自分の中に取り込もう、と思って聞く

これは大人の先にある、真の聞き手たちがやっていることです。

③の聞くだけでいい、と思っている人は相手へのやさしさが主となっていましたが、これは「話し手への敬意」がベースになります。端的に言えば「相手から学ぼう」と思っている人たちです。

「それは面白いですね」

「もう少し教えていただけませんか」

「それは意外ですね、なぜそう思われたのか詳しく聞かせていただけないですか」

根底にあるのが「相手への敬意」なので、相手も自分の話が非常にしやすいです。そして「聞いてもらっている」という感覚ではなく、おそらくは「話し合っている」という感覚になります。

 ④以外はすべて、「話し手>聞き手」という上下関係が存在するようにも見えます。

 

これはテクニック論ではありません。相手に敬意を払って聞くという心持が重要であるということであり、人格の問題とも言えます。

 

小手先のコミュニケーションテクニックは、経験を積んだ大人には通用しません。

小手先のテクニックだけを教えてもらっていたころは、自分自身が不器用なこともあり、ちぐはぐなコミュニケーションをとることが多かったのですが、ただ素直に相手に敬意を払って、興味をもって聞くことだけに集中するようになってからは、すんなりとコミュニケーションが成り立つようになりました。

 

これはビジネス全般のあらゆる場面で重要な姿勢ですし、ビジネスを離れたプライベートでも大事であることはいうまでもありません。

 

歴史好きの視点からも見ても、漢を興した劉邦はこの能力が非常に長けていたため、多くの優秀な武将が彼のもとに集まったのだと思います。